【molcar】I wanted to put my gratitude in a vial and release it into the ocean of the Internet.

After watching the last episode of PUIPUImolcar, I tweeted an illustration to express my appreciation for the work.

PUIPUImolcar is a stop-motion animated film that depicts a world where guinea pigs have become cars. This was aired in a variety show for children.

Although it was created for children, it became popular on Twitter and gained a lot of adult fans. I also read an article about molcar and was interested in watching it.

The link is to the article in Japanese.

3分で吸える覇権アニメ『PUI PUIモルカー』ファンアートや考察多数でトレンド入りするがまた幻覚かと勘違いされる「幼児もウケてた」 – Togetter

Three minutes of ingestible, hegemonic animation “PUIPUImolcar”. A lot of fan art and discussion of the work is tweeted. It’s trending, but people who don’t know about it think it’s a mass hallucination. “Even young children love it”.

Carefully crafted children’s works can be appreciated by adults. Rather, damaged adults were the ones who needed this kind of work.

via GIFMAGAZINE

After this anime aired on TV, we were able to watch the same episode on youtube for a week. I believe that the fact that it was also distributed on youtube has massively increased the number of fans of the work.

If there is only a TV broadcast, those who cannot fit it into their schedule will not be able to see it. If there is only pay-per-view, people with little interest will not watch. It was available for free for a week, so they didn’t miss out on those people who wanted to try it out if it was so popular.

via GIFMAGAZINE

I knew that molcar would be completed in twelve episodes. I also knew that it had taken several people a year and a half to make the twelve episodes. People expect a second season of it. But it will be several years before it is delivered.

The second season may never be produced in the first place. It is cruel to keep talented creators tied to the same work forever. I always looked forward to seeing new episodes of molcar. But with each new episode, I understood that the end was near.

After I watched the eleventh episode, I drew an illustration to express my appreciation for the work. I prepared it in advance so that I could tweet it as soon as the last episode was delivered.

There are many talented people on Twitter. A person who creates professional-looking illustrations. A person who makes lifelike molcar out of wool felt. It’s all great fan art.

I felt that the illustration I had completed was inferior. I have a strong sense of self-deprecation. Many words were born in my head to deny my own work.

Still, I wanted to put my gratitude in a vial and release it into the ocean of the Internet. My message will probably be swallowed up in the mass of information and will never reach the production staff.

Rather than wanting to tell someone how I felt, I wanted to etch in my memory that I loved a certain piece at a certain time.

A message like a young child’s.

Thank you PUIPUImolcar. I’ve been happy.

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【モルカー】感謝の気持ちを小瓶に詰めて、ネットの海に放流したかった

 PUIPUIモルカーの最終回を見終わったあと、私は作品に対する感謝の気持ちを込めたイラストをツイートしました。

 PUIPUIモルカーは、子供向けバラエティ番組「きんだーてれび」内の一コーナーとして放送されていた、モルモットが車になった世界を描いたストップモーションアニメ作品です。

 元々子供向けに制作された作品ですが、Twitterでの評判から大人の間にも人気に火がつきました。私もモルカーについてのツイートをまとめた記事を読んで、興味を持って見てみることにしました。

3分で吸える覇権アニメ『PUI PUIモルカー』ファンアートや考察多数でトレンド入りするがまた幻覚かと勘違いされる「幼児もウケてた」 – Togetter

 子供向けに丁寧に作られた作品は、大人の鑑賞に堪えうる内容になるのだと思います。むしろ疲れた大人こそ、このような作品に触れることが必要なのではないでしょうか。

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 テレビでの放送だけではなく、テレビ放送後一週間限定で、youtubeにて見逃し配信がされていました。私は見逃し配信の存在が、モルカーの人気をさらに大きくした理由だと思っています。子供向け番組で決められた時間帯に放送されているだけだと、スケジュールが合わずに見ることができない人が大量に出るからです。

 一週間の限定とはいえ動画が消されるまでは、同じ話をいつでも何度も楽しむことができました。無料で公開されている期間が長いために、「そんなに話題になっているなら自分もちょっとだけ見てみようかな」と言う人たちを、取りこぼすことなくファンにすることができたのです。

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 私はPUIPUIモルカーが全12話であることを知っていました。12話作るのに、スタッフ数人がかりで約一年半かかっていると言う事も知っていました。モルカー二期を期待する声は大きいですが、たとえ二期が決定したとしても配信されるのは数年後になるであろうことも想像できました。

 そもそも二期など制作されないかもしれません。才能のあるクリエイターを、たった一つの作品にずっと縛り付けておくのも勿体ないと思います。私は毎週モルカーの新しい話が配信されるのを心待ちにしていましたが、話数が進むにつれて終わりが近づいているという事実も、常に意識の上にありました。

 私は最終話から一つ手前の11話を見終わったあと、作品に対する感謝の気持ちを込めたイラストの制作に取り掛かりました。12話が配信された後にすぐツイートできるように、前もって準備していたのです。

 Twitterには優れた才能を持った人たちが大勢いて、PUIPUIモルカーにも、プロ並みのイラストを描いたり、羊毛フェルトでモルカーを作ったり、さまざまな素晴らしいファンアートを公開しているファンがたくさんいます。

 出来上がったイラストを見て、自分の絵は他の人の作品と比べてどうしても見劣りすると思いました。私は自己否定の気持ちが強いので、良い歳をした大人がこんな稚拙なラクガキと稚拙なメッセージを公開して、恥ずかしくないのかと言う内容の言葉が次々と頭の中に湧いてきました。

 それでも私は感謝の気持ちを小瓶に詰めて、ネットの海に放流したかったのです。大量の情報にうずもれて、私のメッセージは製作スタッフに届く事はないでしょう。思いを届けると言うよりも、「ある時期、私にはとても好きな作品があった」と言う事を、もっとしっかりと記憶に残しておきたかったのです。

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【日記】この世に自分ができる仕事なんてどこにもないんじゃないか

 社会人になったころは、仕事は何でもいいからとにかく休みが多くて、自分ひとりがカツカツの生活を続けられる程度の給料がもらえれば、それでいいと思っていました。自分ひとりになれる時間を多くとりたかったのです。でも思った通りにはなりませんでした。

 普通の会社で会社員をやってたら、たいして働いてないのにも関わらず、仕事中に意識を失って倒れる事が度々ありました。給料が安くて時間の短いワープア職に就いても、働くだけでヘトヘトになり、やがて生活のすべてが崩壊することになりました。

 楽な仕事に就いてても体がもたないんじゃ、もう自分の命を維持するだけのお金を稼ぐことができないじゃないですか。本当に困り果てていたんですが、某栄養ドリンクの値段高めの物を一日に数本飲めば、体が楽になる事に気がつきました。

 これでやっと私も普通の生活が送れるようになるとその時は喜んだのですが、毎日飲んでいるうちに体に耐性がついてしまったのか、だんだん効果が感じられなくなり、とうとう起き上がる事も出来なくなり、仕事場に当日欠勤の連絡を入れることになってしまいました。

 職場の人たちに迷惑をかけてしまって申し訳ないです。私の心の中は行き場のない怒りで満たされていました。やる事なす事上手くいかない。出来る限りの事はしてるのに何で?動けるようになるまで休んで、また働き始めて、また動けなくなって、その繰り返しです。

 他人は私の体の調子がわからないので、私の事を働く気のない人間だと思っているんだろうなと思います。体力さえあれば人生は楽勝だったのに。実際はそうではないんだろうけど、すべてを健康状態のせいにしてしまいます。

 今家の中にいて、自分がやるべきことは何なのかがわからなくなってる状態です。努力したことが結局うまくいかなかったってパターンが多すぎて、もう何をやってもうまくいかないんじゃないのって思考になっています。

 新しく仕事を探すにしても、この世に自分ができる仕事なんてどこにもないんじゃないかと思ってしまって、どこにも応募ができません。また心身の状態が最悪な事になって辞める羽目になるんじゃないかって、自分の未来を信用できなくなっています。

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【日記】体の具合が悪くて働けず、収入無いし貯金無いしで詰んでいます

 またもや過去の記事を非公開にしました。そしてワードプレスのテーマを変えました。前に使ってたテーマよりもさらにシンプルを極めた「write」と言うテーマです。今まで背景画像置いたり背景色を白から緑にしたりと、せっかくのシンプルなデザインを台無しにする余計な事をしまくっていたのですが、もうそういう事はやめようと思います。

 私にはデザインセンスが無いし、余計な事をやればやるほど見た目は野暮ったくなるわページが重くなるわでなんにも良い事が無いのです。何もしないのが一番良いのだと、やっと悟りました。テーマをあれこれいじってみっともなくするよりも、毎日更新して内容を充実させたほうがいいですね。

 今現在の私は、健康上の問題と経済状況の不安から割とメンタルが落ち込み気味です。静かな生活が続いているけど、そう遠くない未来に破局が訪れる不安感と戦っています。体の具合が悪くて働けず、収入無いし貯金無いしで詰んでいます。

 長年自分が思ってるような生活を送れずに、ストレスから精神状態が荒れていました。私がごく普通の生活を送れないのは、自分の体力が無さ過ぎるからで誰が悪いわけでもないとわかっているのですが、心の中でイライラが蓄積して非常に攻撃的な状態でした。

 私には一般的な社会人の生活を普通に送るだけの体力がありません。でも、見た目は健康そうに見えるので、周りの人からは単なる怠け者のように思われていました。私は周りの人に対して、私の苦しみを理解せずに追い詰めるようなことばかり言って、なんてひどい人たちなんだろうと思っていました。

 私は何も贅沢な望みを持っているわけではありませんでした。仕事と家事を普通にこなしたうえで、自分のための楽しみも持ちたい。ただこれだけです。それが私にとっては極めて困難な事でした。

 自分にはバリバリ働いてバリバリ稼いでと言う生活ができないと、子供の頃からわかっていました。通学時間が長いとそのうち学校に通えなくなって不登校になってしまうのではという懸念から、家から近い高校に進学したくらいです。でもその頃はまだそんなに、自分の体力のなさを深刻に考えていませんでした。

 私が思い通りの生活を送れないのは、私の甘えや怠け心もあるのだろうと思っていました。物心ついた時からずっと、そういわれて育ちましたから。でも大人になってからやっと、自分は異常に疲れやすくて体力の回復が遅く、社会の一員として生きるには欠陥品だったのだと気がつきました。

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【日記】ブログランキングに登録したカテゴリー通りのブログ運営をしたい

 最近割と真面目にブログの更新をしています。仕事でもないのに真面目にやってるっていうのもおかしいかもしれませんが、今までさんざん放置していたので、自分の意志でやり始めたことがちゃんとできて嬉しいって気持ちがあるんです。その代わり、気合を入れないとお風呂に入れなくなっています。

 自分のやりたかったことを優先した結果、社会で生きていくために必要なものがどんどん失われて行ってます。このままだと私は布団の一部になってしまいそうです。そんな感じの毎日を送っていますが、今ちょっと気にしている事があるのです。

 現在私は「にほんブログ村」「人気ブログランキング」「FC2ブログランキング」に登録しています。ブログランキングに登録すれば、少しは私のブログを見に来てくれる人が増えるだろうと思ったのです。

 ブログランキングの登録時に、自分のブログのカテゴリーを決めなければいけないのですが、迷った末に私は「喪女日記」「イラスト」「ブログ初心者」の3つで登録しました。カテゴリー名は登録先によって少しづつ違いますが、だいたい同じようなカテゴリーで登録してます。

 それで最近記事の更新をこまめにできるようになったのはいいけど、登録したカテゴリー通りの運営ができていない気がするなって思ったんです。「喪女日記」はクリアできていると思うんですよ。喪女が日記を書いたら、それは喪女日記になるからです。なにも努力する必要がありません。

 「イラスト」は全然できてないと思います。「イラスト」のカテゴリーページから私のブログに飛んできた人は、全然絵がないじゃんと思ってガッカリしてしまうんじゃないかと心配です。もっと描かなきゃと思うのですが、イラストを描こうとすると他のすべてがおろそかになって困ってしまいます。

 私は自分の生活を根本から見直さないといけないようです。思うがままに行動していたら、私は一生何もできないクズのままです。何か自分を律する生活術のようなものが必要なんです。

 「イラスト」のカテゴリーよりも、もっとできていないのが「ブログ初心者」です。これはブログの運営方法や、アフィリエイトについての記事を書くカテゴリーなんです。なのに私はブログ運営方法を学ぶことも忘れて、自分の好きな事ばかり書いています。

 なんで「イラスト」「ブログ初心者」で登録したかと言ったら、そのジャンルについてもっと知りたかったからです。絵が描けるようになりたいし、上手くなりたい。ブログ記事の書き方、運営方法を知りたい。ワードプレスについてもっと詳しくなりたい。そしてできる事ならブログを収益化したい。

 そんな風に思っていたはずなのに、今の私はブックマークに保存していたネット記事を読んで、それに対して感想文をつけているだけです。次は自分が知りたい分野についての記事を書きたいです。今までよりもはるかに大変だとは思うけど、もう一段階上に上がりたいです。

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【日記】その時に出せる100%の力を出して絵を描かないと上達しない

 仕事をしてたら絵が描けなくて、絵を描いてたら仕事が出来ないゴミクズとして生きている私ですが、もっと絵が上手くなったらいいのになあと言う人並みの願望は持っています。

 トゲッターで見つけた、絵が上達しない人の特徴についての記事です。はじめの二つのツイートだけがこのまとめの核心部分で、あとは大喜利大会になっているみたいなので途中で読むのをやめました。全部で20ページもあるし。

 でも絵のアイデアを拾うために、一ページずつ読んだらいいかもしれないと思いました。最後まで読んでないけど、世の中にはいろんなものが好きな人がいるのですね。

絵がいつまで経っても上手くならない人の特徴 – Togetter

 「絵が上達しない人は雑に早く描いてる。時間をかけて丁寧に描くのがいい」という意見と、「絵が上達しない人は描くのが遅い。100%を目指さずとにかく数をこなして」という相反する意見が同時にバズって、それが両方できる人はただの神絵師じゃないかとツッコミが入っています。

 私は、どっちも正解だと思います。多分後者の「100%を目指さず」っていうのは、本人の脳内にあるイメージを100%再現しようとすると、現在の能力を大きく超えてしまうので、いつまでも絵が完成しないと言う意味だと思います。

 100%どころか、1000%とか10000%の力を出そうとして、もちろんそんなことはできずに力尽きて、描きかけの絵を放置してそのまま何年も経ってしまうのです。ハイ、私です。ありますよ、パソコンの中に描きかけの絵が大量に。奴らは成仏できない地縛霊みたいな顔をしてこっちを見てきます。早く成仏させてあげたい。

 この二つの意見を矛盾せずにどちらも実行させる方法は、脳内イメージの再現100%じゃなくて、アウトプットの実力100%を常に出しながら、描き始めた絵をどんどん完成させていく事なんだろうと思います。絵の完成品を増やせず、いつまでも上達しない私が言っても説得力がないですね。まずは私が実行しなきゃ。

 途中にまとめられていたツイートで、「絵が上達しない人の特徴は~から始まる、マイナー性癖乞食テンプレ」みたいなことを書いてる人がいて笑いました。個人的には、「こういう絵が見たい」っていうのは、ガンガン発言したほうがいいと思います。

 「Twitterで好きな本の紹介をしたら、ツイートを見た人が実際に購入した」みたいな事が起こるかもしれないです。「自分で描くばかりでは○○が増えない。人の描いた○○が見たい」と思ったら、「○○が見たい」と発言すれば、アイデアの元を探している最中の絵師さんの目に止まるかもしれないです。

 かわいい子が大勢寄り集まってわちゃわちゃしてる平和な絵が見たい。それと同時に美しいグロも見たい。サイバースーツの女の子が見たい。人ならざるものが見たい。おわり。

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【日記】睡眠時間が短くても平気な人間になりたい

 寝る時間がもったいないって思った事はありませんか。私は人生のほとんどをそう思って過ごしてきました。と言うのも私は、人よりも長時間の睡眠が必要な体質だからです。疲れやすい体質なのか、睡眠時に脳内でされる情報の整理整頓の効率が悪いのかわかりませんが、この体質のせいで大変な苦労をする羽目になりました。

 一般社会人の生活スケジュールをこなそうとすると、どうしても私に必要な量の睡眠が取れないのです。一般社会で普通に生きていきたいのに、万年睡眠不足でフラフラです。私の人生の貴重な自由時間が、長い睡眠のせいで奪われて、しかもあれだけ寝てもまだ足りないとかもう嫌がらせみたいです。

 睡眠不足で頭がちゃんと働かないので、ほとんどの時間をぼんやりした無能として生きてきた私ですが、調子の良い時がたまにあるんです。3日以上の連休明けとか。そういう時はミスはしないし、入ってきた情報がすべてちゃんと覚えていられるし、考え方もポジティブになるしでいいことづくめでした。

 この調子の良い時の感じが一生続いていれば、私の人生はどんなに幸せなものになったでしょう。

 睡眠に対する愚痴はここまでにして、人間にはどうしても睡眠が必要だという話です。一日働き続けた脳味噌の仲は老廃物で散らかった状態になっており、その片付けがされるのは睡眠中だと言う事です。

「脳の老廃物」を除去するには、深い睡眠が必須だった:研究結果 WIRED.jp

 お店が閉まった後に清掃時間があるような感じですね。一日分のゴミを全て片付けておかないと、次の日にまともに営業することができません。多分私は人生のほとんどを、脳内ゴミだらけの状態で過ごしてきたのです。

 しかも脳内ゴミだらけの状態が長く続くと、脳が壊れて行ってアルツハイマーなどの原因になるそうです。冗談じゃないですね。

慢性的な睡眠不足によって、脳は「自己破壊」する:研究結果 WIRED.jp

 「何日も眠らない日が続くと、次第に考えがまとまらなくなり、まったく仕事や勉強ができなくなる──。」とか書いてありますけど、それは私の日常ですよ。自分が健康で居続けるためには何とかして睡眠時間を確保しないといけないわけですが、体質的に短時間睡眠で大丈夫な人の人生と比べると、つくづく不公平だなと思います。

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【日記】猫を褒め続けることで自己肯定感が上がる「ねこ肯定感」について

 猫を飼い―毎日猫を褒め続けることにより、それまで自己肯定感が低く生きるのがつらかった人が楽になれると言うお話です。人間の脳は無意識の状態では主語を理解できず、自分以外への誉め言葉を自分への誉め言葉として勘違いしてしまう特性があるそうです。

 そのため猫を褒め続けていると、自分が褒められたような錯覚を起こし自己肯定感が上がっていきます。生きるのがつらい皆様、どんどん猫を褒めましょう。

猫さんを褒めることで得られる『ねこ肯定感』で心が落ち着くという話 – Togetter

 私は猫を飼う前は、「自分の事なんてどうでもいい。いつ死んでもかなわない。捕まっても構わないから生活が行き詰ったら犯罪起こすかも。自分の命がどうでもいいから他人の命もどうでもいい」こんな人間だったのです。

 それが偶然、野良猫を拾って飼い始めたとたん、「私がいなくなった後この子がどうなるか考えると心配だから絶対に生きていないといけない。離れ離れになるのが嫌だから捕まるようなことは絶対にしない」と意識ががらりと変わったのです。

 まだまだ感覚が正常とはいいがたいですが、前と比べれば真人間に近づけたと思います。もっともっと猫を褒めて、いつか真っ当な人間になりたいです。

自分も、育ちがアレで自己肯定感が全くなくて、もう死ぬかもなレベルまで

 こちらのはてな匿名ダイアリーの記事をコメント欄に、気になるコメントを見つけました。

単純に猫の優先度が上がって自分の事がどうともよくなっただけでしょ。 自分と猫どっちかが死ななきゃいけないみたいな状況になったらなんの躊躇いもなく自分の死の方を選びそう

https://anond.hatelabo.jp/20180311220658

 それに近い事は考えてしまうことがあります。「今の私は猫の世話をしているから生きていないといけないけど、猫がいなくなったら生きてる価値ある?」とか、「自分の飼い猫がいなくなった残りの世界には、苦労して生きるだけの価値がない」とか。

 以前トゲッターの別記事のコメント欄で、「大災害が起こって避難所に避難しないといけなくなったときに、ペットを受け入れてくれる避難所がどこにもなかったら私は避難しない」と書いて、他の方からお叱りのコメントを頂いたことがあります。

 私としては「自分の飼い猫とその他の物を天秤にかけて、後者を切り捨てた」と言う感覚だったのですが、他の人から見ると短慮な自殺行為を行って、救助隊に迷惑をかけるのはやめろとなるみたいです。死ぬつもりではなくて、猫を見殺しにして一人で生きるより、二人で生き延びられる可能性に賭けると言う心境なのですが。

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【日記】何の取柄もない人間がそれでも幸せに生きていくにはどうすればいいかという難問

 私は子供の頃から何のとりえもなく、褒められることがあまりない人生を送っていました。生まれた家は貧乏で、両親はちょっとおかしくて意思の疎通が取れませんでした。大人になっても社会に適応できず、底辺を這いずり回るように生きてきました。以上が私の自己評価です。

 私から見たらほとんどの人が、裕福な家庭(私から見たら)で正常な保護者から愛されて育ち、まともに生きている高スペックのすごい人たちなのです。それでも、「何のとりえもない人間が幸せになるにはどうしたらいいか」の問いに頭を悩ませているところを見ると、自分が恵まれた人間だと思っている人はあまりいないようですね。

勉強もスポーツも苦手で特にこれといった特技もない人が幸せに生きていくためにはどうすればいいと思いますか?という文章題に対する様々なお答え – Togetter

 自分なりの答えを見つけられた人たちも大勢いますが、たぶん人によって幸せを感じる方法は違うと思います。筋トレで幸せになれる人がいても、すべての人にとって有効だとは限りません。努力して体を鍛えたけど事故か病気で入院している間に元の体型に戻って、あの努力は一体何だったんだろうと不幸を感じる人もいます。

 何かアクシデントが起きても、好きで夢中で熱中している人はいいのです。また一からやり直せばいいと思えます。そこまで夢中になり切れてなくて、半分義務感で努力している層にとっては、予期せぬアクシデントは努力をやめるきっかけになってしまいます。

 夢中になれるものを探せるかどうかも、生まれつきの才能があるのかもしれませんね。自己診断ですが、私はたぶん幸福感を感じる脳の働きが鈍い人間です。一生懸命努力して何かを完成させたとしても、完成品を見たときの喜びが乏しく、なんだかつまらない物を作ってしまったと虚無感に襲われがちです。

 その虚無感に立ち向かうために、自分が作ったものが完成したらどんなにレベルが低くてもネット上にさらすと決めました。このブログで書いている文章もそうです。趣味と言うよりも、自分の精神状態を安定させるためのリハビリです。そのうち義務から夢中になればいいんですけどね。物事にハマるのってどうしたらいいのかなあ。

 私にも当てはまる事だと思いますが、自己評価が必要以上に低いのは、環境や能力ではなく本人の心の問題なのかもしれないです。物事の良い所を見ず、悪い所ばかり見ているから自己評価がどんどん低くなっていくのです。

 地球上に70億人も人間がいるんだから、自分より頭のいい人も悪い人も、スポーツが出来る人も出来ない人も、仕事が出来る人も出来ない人も、どちらも山のようにいるのです。能力のすべてを数値化して世界ランキングを作れない限り、自分と人を比べる行為は大いに主観が入るので無意味です。 

 Twitterやインスタで他人のキラキラした部分だけを見て羨んで自己卑下するのも無意味です。人のすごい所は素直に褒められる人間でありたいけど、それに比べて私は…と必要以上に落ち込む人間にはなりたくないです。順位が意味を持つのは特定の世界の最上位の人たちだけです。

※今検索したら出てきたけど地球の人口って2021年度で78億3700万人らしいですね。やばない?

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【日記】私が知識人のサロンだと思っていたものは困難を抱えた人たちの互助会でした【アライさん界隈】

 アライさん界隈、略してア界について、私は誤解していました。

 ツイッターをやっていてたまに「○○なアライさん」と言うアカウント名を見かけることがあります。このTwitter上に生息しているアライさんを名乗る人々は、アニメ「けものフレンズ」の登場人物である、アライグマのアライさんの口調をマネた、なりきりアカウントです。

 私は今までこのTwitter上のアライさん達を、専門特化された知識を持つ人々が自分の専門分野について語るアカウントなのだと勘違いしていました。

 でも実情は違っていたみたいです。私はアライさんたちを遠くから見るだけで、彼らの生態について何もわかっていませんでした。

アライさん界隈から得られたコミュニティ的知見

 ↑の記事では、アライさんアカウントがどのようにして生まれ、どのように広まっていったかが詳しく書かれています。「今日も一日」と違ってその発生の歴史が正確に記録されているのですね。

匿名自助グループとしての「アライさん」現象 なぜアライさんは大量発生したのか? – ねとらぼ

 ↑こちらの記事ではアライさん界隈が、困難と傷を抱えた者たちによる、匿名の語り場として機能している事をまとめてあります。自分の抱えている重いテーマを匿名で語る事により、また自分と同じような傷を抱える者同士が集まる事により、心の傷をケアしていく効果があるそうです。

 この記事を読んで私が今まで持っていたアライさんアカウントのイメージが180度変わりました。今まで私は「アライさんを名乗る人たちは、特別な知識を持ったすごい人たちで、私はあんな風になれない。いいなあ」とよく知らないのに勝手に勘違いしていたのです。

 私がたまたま目にしたアライさんは、思慮深く含蓄のある言葉をつぶやいていました。私にはそのように見えました。苦悩の多い人生を歩んでいたからこその言葉だったのでしょうか。おそらく、界隈にあまり近づいていなかった私のところまでリツイートされて流れてくるのは、大量の砂の中に混ざっていた金の粒だったのでしょう。

 もともとのキャラクターであるアライさんのファンや、二次元に深い思い入れを持つ人々の中には、アライさん界隈を良く思っていない人が大勢いるようです。盗人猛々しいとか、キャラクターのイメージを悪くしているとか。

どうしても「アライさんのガワを使うことの是非」について何か言いたいフレンズのためのまとめ – Togetter

 私では自力で回復できそうもない人々が、アライさんの力を借りることで少しづつ回復できるのならそれでもいいのではと思うのですが、すべての人がこの意見に賛同してはくれなさそうですね。

 私はたつき版けものフレンズのファンでしたが、何かの力を借りて心を回復させたい人々の気持ちも少しはわかります。私は心に傷を持ち何かに苦しんでいる最中の人を見ると、かなり甘い評価をしてしまいます(ただし自分に加害しない人に限る)。

 この困難を抱える人に対する甘さがある人とない人とでは、アライさん界隈に対する感情がかなり違ってくると思います。私は上で貼った配慮の深いねとらぼの記事を読んで、すべての人がこんな視点で物事を見られるようになれば良いと思うのです。

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